チェルノブイリ20周年、水俣50周年の重さ 砂川なおみ 武蔵野市議会議員
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2006 年 5 月 22 日     カテゴリ:活動報告
チェルノブイリ20周年、水俣50周年の重さ
〜緑の美しい季節に〜
 4月26日はチェルノブイリ原発事故が起きた日です。ウクライナ政府主催の国際会議で発表された死者数は4000人から16000人まで、国際機関によって異なる数でした。事故当時の急性の被爆者を除き、科学的に確実に放射線の影響で増えた病気は、子どもの甲状腺がんだけだとの結論が出されました。白血病も含めその他の病気が増えたとの科学的根拠は無いとされています。
 そのころ娘は1歳でした。毎日、テレビから流れる映像で水や空気食べ物にも及ぶ汚染をただ知らされるばかりでした。
甲状腺に溜まっていく放射性物質を防ぐためには、よう素剤摂取という方法があります。
武蔵野市議会にも原発事故に備え、危険な地域の原発を止めることや、よう素剤の備蓄に関する陳情がされています。市ではよう素剤について必要性や在庫量の確保などに関心が払われていませんでした。しかし、国民保護法に関する条例審議の際、原子力施設への攻撃などを考えるとよう素剤の備蓄についても国民保護協議会で検討されるとの答弁がありました。有事の危険に対し、ようやく検討される今の日本は、チェルノブイリ事故から何も学んでこなかったのではとの思いを強くしました。
ヨハネの黙示録には「天より落ちてきたニガヨモギという星のために水が苦くなり多くの人々が死んだ。」とあります。チェルノブイリとはロシア語でニガヨモギのことです。
私はちいさい娘が未来に希望の持てることを何かしなくてはと強く思っていたところ、定められた基準値以下であるのに放射性物質が検出されたお茶の葉を自主基準で廃棄した生活クラブの活動や、水俣の甘夏のこともしりました。水俣の甘夏を共同購入する中での多くの出会いが私の活動の原点です。
 国や企業の責任の取り方・患者さんの認定をめぐり、50年たった今も解決されたとはいえない状況にあります。「認定患者で漁師でもあった父は苦しみの中で重い試練をうかり(天から来たもの)と言い切り自然を、海を守っていくようにといつも言っていた。」4月29日水俣フォーラム当日語ってくださった息子さんの言葉です。
5月7日井の頭公園から吉祥寺のピースウォークに参加し、教育基本法の改正や憲法改正国民投票法の拙速な審議の反対を訴えました。

21日、けやきまつりのフリマに参加し、武蔵野市障害者福祉協会の定期総会に出席しました。
一人の市民としてできることには限界がありますが、想像力と好奇心をもってネットワークを広げましょう。



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