2006 年
7 月
10 日
新潟県長岡市(旧小国町・山古志村)に視察に行ってきました
〜中越大地震で被害にあった旧小国町・山古志村の今〜
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2004年10月23日に震度6強を小国町役場で観測されました。その日の内に震度5弱から6強の余震が8回、4日後、8日後と最初のゆれと同程度の規模の余震に襲われました。私たちが日頃思う余震の強度と回数を遥かに越えた自然の破壊力にあらためて防災の重要性を感じました。
旧小国町でのライフラインの復旧に関しては、武蔵野市の支援部隊が下水道の応急復旧にあたり、大変感謝されています。液状化現象で、大地から密度が低いため浮き上がってしまったマンフォールや、大きく崩落した県道の現場は2年たった今でも復旧が完全に終わっておらず、工事の車両が激しく行きかっていました。特に被害がひどかった旧山古志村では、地すべりの箇所も多く国の無形民族文化財に指定されている闘牛を含む牛が88頭も死亡し、錦鯉や棚田なども大きな被害を受けました。全国的に見ても最も降雪量の多く、地震の復旧に対する法律が充分でないため、高齢化の進むこの地域では、国も地域にあった救済をするべきだったと考えます。例えばお年寄りが棚田の維持が困難になり畑地にしたいという場合も、現状復帰が原則のため資産価値を高めるとの理由で認められないそうです。
山国で暮らす人の知恵として培ってきた田んぼを利用した錦鯉の養殖には、鯉を心配した愛好家がイギリスから駆けつけて来るほどでした。
友好都市の伝統や文化を実際に傷つきながらも復興している現場を地域の行政の方や議員の方に説明していただきとても実り多い二日間でした。
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